2004年12月16日
「自分はどこに生えてるか」
“ちょこっと コラム”です!
人は動物と同じで、生きている環境の違いによって、さまざまな進化を遂げるものだ。
例えば、年中水に不足することない場所にいれば、水を効率よく取りいれる術も、水があるうちに貯蔵しようとする考えすら起こらない。逆に常に水が不足しがちな場所にいれば、それなりにいろいろな機能を持つことによって、その問題を解消しようとするものだ。
となると、自分を切磋琢磨できる環境に身をおくというのは、非常に重要なことである。自分に適したよい環境に身をおけることは、ひとつの能力であり、財産といってよいだろう。
蓬(よもぎ)という草がある。春になると、よく庭の片隅に雑草といっしょに勢いよく生える、きく科の多年草である。“よもぎもち”に使われているので結構私たちにも親しみある草である。
残念ながら都会で育った若者の中には、よもぎもちは知っていても蓬が生えているところを見たことがない人も結構いるだろう。
蓬は、普通地面にへばりつくように生える植物である。しかし、麻が茂った場所に生えた蓬は違う。地面にへばりつくどころか、空へとまっすぐに育つのである。
なぜなら、麻という草はまっすぐに上へ伸びて育ち、そんなまっすぐに生える麻の中に生えた蓬は、麻に影響され、同じようにまっすぐに育つのである。まさに、我々人間にも同じことが言えるのではなかろうか。
今自分はどこに生えているだろうか。日当たりのよい田んぼの畦道でぬくぬくしているのだろうか。それとも麻の生える中で育ち、うかうかしていると麻の陰に隠れてしまい、お日様の光が受けられないという危機感の中に生えているだろうか。
日当たりのよい田んぼの畦道では、上へ上へ伸びる必要もなく、そういう生き方しかできなくなるのではないだろうか。
「本物の時代から本気の時代」より
人は動物と同じで、生きている環境の違いによって、さまざまな進化を遂げるものだ。
例えば、年中水に不足することない場所にいれば、水を効率よく取りいれる術も、水があるうちに貯蔵しようとする考えすら起こらない。逆に常に水が不足しがちな場所にいれば、それなりにいろいろな機能を持つことによって、その問題を解消しようとするものだ。
となると、自分を切磋琢磨できる環境に身をおくというのは、非常に重要なことである。自分に適したよい環境に身をおけることは、ひとつの能力であり、財産といってよいだろう。
蓬(よもぎ)という草がある。春になると、よく庭の片隅に雑草といっしょに勢いよく生える、きく科の多年草である。“よもぎもち”に使われているので結構私たちにも親しみある草である。
残念ながら都会で育った若者の中には、よもぎもちは知っていても蓬が生えているところを見たことがない人も結構いるだろう。
蓬は、普通地面にへばりつくように生える植物である。しかし、麻が茂った場所に生えた蓬は違う。地面にへばりつくどころか、空へとまっすぐに育つのである。
なぜなら、麻という草はまっすぐに上へ伸びて育ち、そんなまっすぐに生える麻の中に生えた蓬は、麻に影響され、同じようにまっすぐに育つのである。まさに、我々人間にも同じことが言えるのではなかろうか。
今自分はどこに生えているだろうか。日当たりのよい田んぼの畦道でぬくぬくしているのだろうか。それとも麻の生える中で育ち、うかうかしていると麻の陰に隠れてしまい、お日様の光が受けられないという危機感の中に生えているだろうか。
日当たりのよい田んぼの畦道では、上へ上へ伸びる必要もなく、そういう生き方しかできなくなるのではないだろうか。
「本物の時代から本気の時代」より
Posted by たけちゅう♪ at 08:32│Comments(0)
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